姥の湯には、平安時代の武将・源義経にまつわる伝承が残されています。
大治元年、奥州へ逃れる途中の義経一行のうち、北の方が亀割峠付近で男児・亀若君を出産し、
その後この地を訪れ、川原に湧き出していた温泉を産湯に使ったと伝えられています。
その際、赤子が初めて声を上げたことから、この地が「啼子の里」と呼ばれ、
のちに「鳴子」の地名になったという言い伝えです。
この産湯に使われたとされる温泉が、現在の「姥の湯」の名の由来と伝えられています。
姥の湯は、鳴子温泉の「滝の湯」と並び、古くから知られる温泉の一つとされています。
また、姥の湯の温泉はもともと河岸から湧き出していたため、
長い歴史の中でたびたび洪水に見舞われ、湧出口を失うこともあったとされています。
それでも岩盤の下から再び湯が湧き、現在まで温泉の恵みが受け継がれてきました。
館内には、天然の温泉への感謝を込めて祠が祀られています。
古文書にも姥の湯に関する記述が残り、
江戸時代から湯治場として利用されていた歴史を伝えています。
長い年月を経た今も、自然から湧き出す源泉を大切に守り続けていることが、
姥の湯の大きな魅力です。